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新潟地方裁判所 昭和46年(ワ)531号 判決

原告 株式会社大光社

右代表者代表取締役 駒形宇太郎

右訴訟代理人弁護士 金田善尚

被告 白野文雄

被告 倉田文夫

右両名訴訟代理人弁護士 岩野正

主文

一、被告らは原告に対し別紙目録記載の建物を明渡せ。

一、訴訟費用は被告らの負担とする。

一、この判決の第一項は原告が被告両名に対し一括して一〇〇万円の担保を供したとき仮に執行できる。

事実

第一、原告の申立と主張

原告訴訟代理人は主文同旨の判決と仮執行宣言を求め次のとおり述べた。

一、請求の原因

(一)  別紙目録記載の建物(以下本件建物という)はもと株式会社真田農水の所有で昭和四三年一二月二四日株式会社大光相互銀行のため根抵当権が設定(同月二五日登記)されていたところ、昭和四五年七月二〇日右根抵当権実行による競売開始決定(同月二一日登記)がなされ、原告は昭和四六年六月三〇日これを競落して所有権を取得(同年八月二五日登記)した。

(二)  被告らは本件建物を占有している。

(三)  よって原告は被告らに対し本件建物を明渡すよう求める。

≪以下事実省略≫

理由

一、請求原因について

すべて当事者間に争いがない。

二、賃借権の抗弁について

(一)  ≪証拠省略≫によれば、被告白野は昭和四四年一〇月三一日真田農水より本件建物を期間三年の約定で賃借し、昭和四五年五月下旬頃引渡を受けた事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

原告は右賃貸借をもって通謀虚偽表示と主張するが、そのように認めるに足りる証拠はない。

(二)  してみれば本件建物賃借権はいわゆる短期賃貸借として三年の期間は原告に対抗し得るが、右期間が競売開始決定後の昭和四七年一〇月三〇日の経過によって満了した後は借家法二条の法定更新をもって原告に対抗し得ず(原告援用の最判参照)、従って被告らは原告に対し本件建物を明渡す義務がある。

三、敷金返還請求権に基づく同時履行の抗弁について

(一)  ≪証拠省略≫によれば本件建物競売公告中の「前払金敷金その他」の項には「賃料金三〇〇万円前払済、転貸可の特約あり」とのみ記載されている。右記載の体裁よりみれば原告主張のとおり賃料前払と転貸可の特約はあるが、敷金の交付はない趣旨と解するのが相当であり、特段の事情のない限り原告は本件建物賃貸借に被告ら主張のような敷金があることは知らなかったと認められる。

そして≪証拠省略≫によれば、右公告は当裁判所執行官矢田部勝の調査報告書に基づきなされたもので、同執行官は被告白野については電話で、被告倉田については本件建物に臨場しそれぞれ直接調査したもので、賃貸人真田農水については東京に転居しているため書面照会をしたが回答は得られなかったことが認められる。

ところで≪証拠省略≫によれば、被告白野は執行官に被告ら主張の契約どおり回答したと述べ、また被告倉田は敷金については質ねられなかったので回答しなかったと述べている。然し敷金に関しては競売公告の記載事項に法定されており(民訴法六五八条第三号、競売法二九条一項)、賃貸借調査に当った執行官が賃料前払と転貸可の特約について質問をしその報告をしながら敷金について質問をせず、或いは質問をしながらその分だけの報告を脱漏したなどということは先ずないことだから、被告らの前記供述はにわかに措信し得ず、競売公告に敷金交付の記載がないのは被告らが執行官の調査に対し主張のような敷金の交付がある旨の回答をしなかったからであると認めるほかない。

(二)  以上の事実を前提として被告ら主張の敷金が原告に承継されたかを検討すると、

(1)  先ず被告ら主張の敷金三〇〇万円は全期間中の賃料三六〇万円の八割を超える高率のもので、然も右敷金差入の一〇日後には右賃料全額が前払されたというのであるから、およそ通常の賃貸借とはかけ離れた異例のものであり、証人真田力の証言と被告白野本人尋問の結果によれば、両者が本件賃貸借に当って一時に右のような多額の金員を授受したのは、被告白野が農水に対し営業資金繰りの便を与えるという目的があったからと認められる(だからといって右金員が原告主張のように貸付金であると迄はいえない)。

(2)  ところで、短期賃貸借として対抗し得る賃借権についての敷金は競落人に当然承継され、競売公告に記載がないからといってこれを否定されることはないが、然しその敷金が旧当事者間の特殊な事情に基づく異例のものであり且つ公告に記載されなかった事由が前認定の如く賃借人側の責任領域にある場合、右賃借人はこれを知らずに競落した物件取得者に対し敷金部分の特約について対抗を主張し得ないものと解するのが衡平の原則に合致するものと考える。

(3)  以上述べたとおりで、被告らは主張の敷金返還請求権の承継を原告に主張し得ないから、同時履行の抗弁は理由がない。

四、造作および営業用什器備品買取代金支払請求権に基づく同時履行の抗弁について

(一)  右特約についても第三項に述べたのと同旨の理由によって採用できない。

(二)  また≪証拠省略≫によれば、右特約は被告倉田が新たに什器備品を買入れ「泉」の屋号で営業を開始した後の昭和四五年八月頃になされたものと窺われ、競売開始決定(同年七月二〇日決定、翌二一日登記)以前の契約によるものとは認め難く、これに反する被告倉田本人尋問の結果はにわかに措信し難い。従って右特約は原告に対抗し得ない。

(三)  更に≪証拠省略≫によっても主張の造作および営業用什器備品の価額を認めるに足りず、他に証拠はない。

五、有益費償還請求権に基づく留置権の抗弁について

≪証拠省略≫によっても主張の工事内容と現存価格増加額を認めるに足りず、他に証拠はない。

六、結論

以上のとおりであるから被告らは原告に対し昭和四七年一〇月三一日以降本件建物を明渡す義務があり、被告らの同時履行および留置権の抗弁はすべて理由がないから、原告の被告らに対する本件請求をすべて認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井野場秀臣)

〈以下省略〉

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